今日は朝から天気が良かったので冬の間すっかり放置していた庭の物置周りを掃除することにしました。軍手をはめて古いプランターを動かしたときです。物置の屋根の端に何やら小さな灰色の塊がぶら下がっているのが見えました。目を凝らしてよく見るとそれは作り始めの蜂の巣でした。大きさはまだゴルフボールよりも一回り小さく表面には幾何学的な六角形の模様が並んでいます。その真ん中に一匹の大きな蜂がじっとしており時折足を細かく動かして巣の形を整えているようでした。それはどこか芸術的でさえあり蜂という生き物の持つ本能的な器用さにしばし見惚れてしまいました。しかし感心してばかりもいられません。蜂の巣の作り始めを放置すれば夏にはこの庭が蜂の天下になってしまいます。私は一度掃除を中断し家の中からそっと蜂の様子を観察し続けることにしました。一時間ほど経った頃蜂はエサや巣の材料を求めてどこかへ飛び去っていきました。この隙がチャンスなのだと直感しました。蜂がいなくなった後の巣は驚くほど脆そうで風が吹くたびに微かに揺れています。この小さな建築物が後にあのような巨大な要塞に変わるのかと思うと生命の持つ爆発的なエネルギーを感じずにはいられません。私は以前に買っておいた蜂除けのスプレーを手に取り蜂が戻ってくる前に巣に向かって静かに噴射しました。薬剤を浴びた巣はすぐに色が変わりそのままポロリと地面に落ちました。拾い上げてみるとそれは紙のように軽くそれでいて非常に緻密な構造をしていました。女王蜂は戻ってきたときに自分の家がなくなっていることに気づきどんな気持ちになるのだろうと少しだけ感傷的な気分にもなりましたが家族の安全を考えればこれが正解なのだと自分に言い聞かせました。蜂の巣の作り始めという小さな変化に出会うことで庭という空間が実は絶え間ない生存競争の舞台であることを再認識させられた一日でした。春の掃除は単にゴミを捨てるだけでなくこうした招かれざる客との対話の場でもあるのかもしれません。明日からはもう一度庭の隅々まで目を光らせ新しい営巣の兆しがないか確認しようと思います。蜂の巣の作り始めを見逃さない観察眼は自然の中で暮らす私たちにとって大切な護身術の一つなのだと深く実感しました。
春の庭掃除で見つけた蜂の巣の作り始めの観察日記