木の枝や軒下など、高い場所に巣を作る蜂が多い中で、なぜクロスズメバチなどの地蜂は、あえて地面の中という、一見すると不便で危険そうに思える場所を選ぶのでしょうか。その理由は、一見不利に見えるその選択が、実は彼らの祖先から受け継がれてきた、極めて合理的で巧みな生存戦略に基づいているからです。地中に巣を作ることの最大のメリットは、「外敵からの防御」と「巣の内部環境の安定」という、二つの大きな利点に集約されます。まず、「外敵からの防御」についてです。地上に露出した巣は、鳥類や、最大の天敵である熊といった捕食者に発見されやすく、常に襲撃の危険に晒されています。特に、巣がまだ小さく、働き蜂の数が少ない初期段階では、非常に脆弱です。その点、地中の巣は、外からは直径数センチ程度の小さな出入り口しか見えないため、天敵に発見されるリスクを劇的に減らすことができます。また、万が一、外敵が侵入しようとしても、狭く、一本道である巣穴は、防衛する蜂たちにとって、敵を迎え撃つのに非常に有利な地形となります。まさに、天然の要塞と言えるでしょう。次に、「環境の安定性」です。巣の内部は、卵や幼虫を育てるために、常に一定の温度と湿度に保たれなければなりません。地中は、外気に比べて温度変化が少なく、夏は涼しく、冬は暖かいという、天然の断熱効果があります。また、土が持つ保湿性により、巣の内部は、幼虫の生育に適した高い湿度に保たれます。これは、巣材である木の皮などを集めて、自ら何層にもわたる断熱性の高い外壁を作らなければならない、他のスズメバチに比べて、巣作りに要するエネルギーを大幅に節約できることを意味します。彼らは、ネズミやモグラ、ヘビなどが使っていた古い巣穴を巧みに再利用したり、木の根元や、朽ちた切り株の下にできた自然の空洞を拡張したりして、自分たちの巣を作り上げていきます。それは、自然界に存在するものを最大限に利用し、最小限の労力で、最大限の安全と快適さを手に入れようとする、彼らの驚くべき知恵の表れなのです。しかし、その人間の目から隠れるという巧みな戦略が、皮肉にも、私たち人間との間で、最も危険で、予測不可能な遭遇事故を引き起こす、最大の原因となっているのです。